8月6日、核兵器廃絶・被爆者救援、平和への思い馳せ、京都を駆ける!
6日、ヒロシマを思い、京都市上京区の立本寺大輪院にて、朝8時15分・原爆投下の時間にあわせ、さこ祐仁京都府会議員とともに平和の鐘を撞きました。
私は、総合原爆展の開催など、平和の取り組みの先駆けである京都で8月6日に平和の鐘を撞くことへの思いを語りました。
写真は大輪院の本堂で石田住職とともに挨拶をしているところです。会場にはNHKのテレビカメラも入り、お昼と夕方のニュースで、平和の鐘の取り組みが放映されたとのことです。(もちろん、私は、映像からは除けられていますが)
続いて、立命館大学国際平和ミュージアムにて開催されている第31回「平和のための京都戦争展」に参加。
今年の目玉である、京都市内の大きな通り(堀川通り、御池通り、五条通り)が、「建物強制疎開」でつくられた様を、学ぶことができました。
会場では、現場で壊された家から釘を回収する仕事に当たらされた当時の少年(現在は81歳)の、一日働いて灰色の雑炊を一杯与えられたことなど生々しい話を伺いました。
また、府立歴史資料館から、「建物疎開」される前の地図を探し出し、誰がどのように土地と家を奪われたのかも示されていました。私の周りに、当時のことを詳しく知る方々が集まり、臨時の”学習会”となりました。
そして、午後零時半から、上京区の本久寺で平和の鐘を撞きました。「今年は福島の原発事故もあり特別」ということで、真枝住職が、平和の祈りをこめたお経を上げてくださり、私も平和への願いをこめて、本久寺さんとの学生時代からの長ーいお付き合いの一端を、お話させていただきました。
また、先代のご住職の話にもなり、なによりこの鐘に先代の願いがこめられていることが語られ、その音色の余韻を楽しみつつ鐘を撞きました。
| コメント (0) | トラックバック (0) | Update: 2011/08/06