京都伝統工芸連絡懇話会会員 京都市伝統産業技術功労者 京釣竿二代目
平田文男さん
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■「門前の小僧」と言われ
私は小さい時から親父と釣りに行きました。魚釣りが好きでした。西陣で6年仕事をしていて、得意先に行きますと「竿を作ってくれへんか」とよう言われました。子ども時分から、やり方は知っていましたが、技術的に習ったことはなく、「よう作れません」と何回も何回も断りました。
機織って、月に15,000円儲けていましたので、「その分を見てあげるから、織屋をやめて竿に専念してくれ」と言われました。それでも「ようしません」と言うたら、「あんた門前の小僧でやることぐらいは知っているやろ」と言われました。
道具もちゃんとありましたし、材料もありましたし、作ろうと思ったら見本は何本でもありました。最初は、子ども竿から稽古しました。それを持って行くと、そのたびに文句を言われました。しまいに、お客さんが「先代は良かったけど」と。その一言がこたえました。
毎日やっていると、ちょっと出来るようになります。はじめ5本接ぎの竿をしたら、6本接ぎ、7本接ぎと階段を1段ずつ登るようにして、やっていきました。1年ほどしたら、そこその竿が出来ました。親父の血をひいているから、わりと早かったのです。
■職人の励ましの言葉
ある日のこと、うちに15年ほどいて1人前になった職人に、ばったり会いました。私も鮎竿を作ったろうと言うたら、私の竿を見て、その職人が「あんたに鮎竿出来たら、逆立ちして歩いてあげる」と。やれるものならやってみいという言い方に、がくっときました。一時は萎れていましたけど、それから気張りましたな。それまで鼻歌をうたって仕事をしていましたけどね。
なんとかして、ええ仕事をしようとして、心構えが変わってきました。何年かやっていると自分なりに、ええ竿が出来てきました。心がこもってますさかい。得意先に行っても「このごろ仕事ようなったな」と言われました。
もちろん鮎竿も作るようになりました。しまいに、その職人が漆の塗り方を教えてくれと言うので、あべこべに教えてあげたこともありました。私が1人前になったのは、その職人の励ましの言葉があったからです。それがなかったら、おそらく他の仕事をしていましたね。
■カーボンは私のお師匠さん
そうこうしている間に、カーボンが出だしました。カーボンは細くて、軽くて、長い竿が出来ました。あれがこたえました。いっぺんに仕事が減りました。京都に10人あまり職人がいて、カーボンにおされて仕事がないと転用する人も生まれました。
私も他の仕事をしようと思ったけどね。ここまで苦労して1人前になったし、いまさら転用するのやったら、はじめからせんことやと思いました。押されたら押し返すというのが職人根性です。竿だけでは食べていけへんし、6年間アルバイトに行って、竿を作りました。
だんだん、カーボンも良くなってきたから、押されたら押し返すで、もっと竿を作らないとあかんなと思って、金箔の入った竿を初めて作りました。釣って喜び、見て楽しむという竿を作って、桐箱に入れて、これがうけました。
カーボンは私のお師匠さんです。カーボンがなかったら金箔入りの竿なんて作りませんでした。昔なりの竿で売れていましたからね。いままでにない竿を作らないことには、カーボンに負けてしまうと思いました。京都の竿は重かったけれども出来るだけ軽くしました。もう少し薄く削ってね。使わない時でも飾りとして楽しめるものにしました。
■京竿の特徴は仕事の繊細さ
京都の釣竿は3年竹を使いますね。産地は滋賀県の高島郡で、川の淵に出来ている竹は比較的弱く軟らかいのです。山手の竹は堅いのです。その3年竹を3年以上寝かしますね。そうするとものすごく堅くなるのです。人間と一緒で、やっぱり雨風打たれて揉まれんことには堅い竹が出来ません。
関東の方は、1日中使っても手がだるくならないように、1年ばっかりの竹を使います。2年とか3年とか混ぜたら、どうしても年数の少ないところは折れますね。1年竹だったら1年だけ、2年竹だったら2年だけばっかりそろえると丈夫ですね。われわれも3年竹ばっかり使います。
関東の竿は身が軟らかくて、細かい細工が出来ません。薄くしたら竹が折れます。3本納めとか、4本納めにします。われわれの竿は2本納め(注1)にして本数が多くても、どうもないのです。これだけの細かい仕事をするのは京竿以外にはないと思います。それが昔からの京竿の特徴です。
都は京都にありましたから、仕事自身も繊細に出来ています。雅といって見て喜ぶように出来ています。使うてよし、見てよしということです。だいたい京都が手作りの発祥の地です。この3年竹をノギスで測って、そろえます。竹を火にあぶって、まっすぐ矯正します。やすりで中を掃除して、薄皮をとって、ペーパーで磨いて、絹糸を巻きます。下漆を塗ってから、色粉を入れた上漆を何度も塗ります。金箔をはって、おさえるのも上漆です。その上から、水ペーパーでこすります。(注2)
(注1)竹を薄く削って、たくさんの本数を2本の筒に納めること。
(注2)竹取り→矯め(火入れ)→節抜き(穴開け)→生地作り→糸巻き→漆塗り
■これからも一味違う竿を
私は、失敗の積み重ねで1人前になりました。自分ひとりでやりました。失敗しても、おもしろい柄が出来たりすると、それを頭に入れておきます。竹をまっすぐにするには、どうしたらいいのか、コツがあります。いろいろ苦労しました。
人に好かれるようにならんとあきません。きれいな美しいだけの竿は作らんと思っています。人を惹きつけるような竿を作りたいというのが眼目です。釣った瞬間のスリルが、よその竿よりも出るように作っています。いかにおもしろい釣りをするような竿を作るかが大事です。
仕事にかけては人の上に立たないとうそやと思ってやっています。傑作はよう出来ませんと言います。傑作が出来てしまったら、それ以上のものは出来ません。1本の竿が出来て、いままでにない出来ばえだったら、次はこれよりもいいものをと自分で意欲を持って作るようにします。これからも一味違う竿を作りたいです。
昨年の秋、こくたさんには、私の作品を買っていただきました。漆の色が合うたのですやろな。竿を何度も手にして、じっと見てますわな。思わず、「持ってって自分のものにしなはれ」と声をかけてしまいました。竿も本望ですやろ。「好かれ」たんですな。これからも政治の世界で人に好かれる腰の低い議員さんになってもらいたいです。私ら職人の話をきちんと聞いてくれはる人ですわ。
[2003年1月]
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