【染織夜話・第二話】

こくたせいこ

引き染

作品

 「シルクの布があるんやけど、余った染料にちょこっと浸けて染めてくれへん?」「白いブラウス、上に色かけてもらえる?」
 これらはわたしを一応「染色屋」と見込んでの頼みごとの一部である。わけを説明して丁寧にお断りをする。
 布の染めを施すことを俗に後染めという。文様をあらわすには多様な方法があるが、布全体に色を染めるには二通りのやり様があって、染め液に浸ける方法を浸し染めといい、草木染めや、絞り染め、無地染めなどの場合にはこの方法による場合が多い。白いブラウスは、この方法でなら染めることが出来るかもしれない。
 わたしは、酸性染料という化学染料を使ってろうけつ染の手法で文様をあらわし、全体の染めには刷毛を使う。これは「引き染め」と呼ばれている。京友禅などは引き染めで仕上げられる。布の両端を引っ張り、伸子を張り、水平に保った布を「引き刷毛」と呼ばれる刷毛を使って生地の端から染めていく。
 着物の場合、「引き染め屋」という単独の領域が存在するほどにその技は奥が深く、仕事には熟練を要する。染料は液体であり、高きより低きに流れるわけだから、布地が濡れている間はあくまで水平が保たれていなければ、たくさんの染料が片寄った場合はそこが濃く染まる。異物が布地に付着すればそこが薄く染まる。乾いた後、水が付けば染料は流れて落ちる。水溶性だからだ。シルクを染める酸性染料は、高温で「蒸」すことによって布に定着する。「蒸し屋」の登場である。「蒸し屋」は蝋も落とすし、水洗いもする。水を通って縮みや皺の出た絹布は「湯のし屋」によって美しく弾力のある元の布地にもどるのである。
 どれほど見込まれてもその頼み事をを聞いてあげることは出来ない。数ある「染め」の中でもわたしに出来るのはただ一つの手法であり、それすらも、たくさんの職人の手に助けられてはじめて可能となるのだ。