こくた恵二

こくたが駆く


中国訪問記2 昆曲、京劇、狂言、能を鑑賞して(その1)

 北京・故宮大廟で、日中正常化30周年記念薪能、鑑賞の機会に恵まれた。日中両国の古典芸能の競演で、京都で行われる薪能と同じく野外にしつらえた舞台での公演であった。
 中国側は、昆曲、京劇を、日本側からは能、狂言、ともに長い歴史に育まれた芸術を日中伝統文化芸術交流活動の一環として披露された。(写真上)
 私のつたない表現力では、描ききる術もないほど、公演は「すばらしい」の一語に尽きた。
 演目紹介のパンフによれば、昆曲の《牡丹亭 尋夢.》は、「少女が花園で遊んだ後、夢で出会った書生と恋に落ち、その書生を忘れられず再び花園を訪れ一人夢の後を尋ねる」という物語である。
 優美で優雅、流れるような踊りが、表情豊かに恋の喜びを、後半は、恋の切なさと夢をたどる物悲しさを表現していた。
 京劇の《貴妃酔酒》「時代は唐代。玄宗と楊貴妃は百花亭で花見の宴を開く約束を交わした。その日、楊貴妃は百花亭で玄宗を待つが、玄宗はなかなか訪れないばかりか、昔の愛妃である梅妃のいる西宮へ行ったとの知らせを聞く。楊貴妃はやるせない思いを抱きながら独り酒を飲み花を愛でるのだった。」(パンフより)
 演ずるのは、梅葆玖。現代の京劇を代表する女形。彼の父・梅蘭芳は、中国京劇団を率いて何度も日本を訪れた名優で、その演技は牡丹の花にたとえられたと記してある。
 彼もまたそう称(たた)えられてしかるべきであろう。楊貴妃の酔った姿は華麗で、美しき女人は斯様に「酔う」のかと、想像できて楽しくなる。表情も仕草も、遠くを見る眼差しからも、観衆は深いやるせなさを舞台と共有する。声音も気高さをかもし出すみごとな高音。日本の歌舞伎の女形と共通のものがある。(写真下)
 不破哲三さんが、しんぶん「赤旗」連載中の「北京の五日間」のなかで、「中国の『京劇』は、以前は、日本の歌舞伎同様、女形(おんながた)が重要な位置をしめ、梅蘭芳(メイ・ランファン)の名は、世界的に知られていた。」と書いてあることに気付いた。一度この件について議論してみよう。

[2002年10月15日(火)]